ベルリンから帰ってきてけっこう経つのに今だベルリンネタを引っ張ってすみません。
これで最後。
ベルリン滞在三日目から泊まっていたのはベルリン生まれの友達ツバサちゃんのアパートメント。
壁が崩壊した時ツバサちゃんは多感な16歳。昔の話を聞いていると、いつでもどこでも気楽に旅行を楽しんだり、表向きには自由に発言できる国で育った私からは想像できないような子ども時代を送っていました。
「はるのちゃん、ベルリンにはね、大きな戦争博物館はないの。そのかわり小さな戦争博物館が方々にあるんだよ」
大きい箱をどーんと作って、時間が経つにつれて地元の人の足が遠のくような戦争博物館ではなく、地域に根付いて、教育の中にもしっかりと組み込んでいけるように、という思いがあるのだとツバサちゃんは教えてくれました。
ベルリンには過去の過ちを忘れないための仕掛けが至る所に散りばめられています。
最近では若いアーティストがドイツ語で「つまづく石」という作品を道路の至る所に埋め込んでいるのだとか。
その石には昔その場所に住んでいたユダヤ人の名前が刻まれているといいます。
第二次世界大戦後、同じ敗戦国だったドイツとは真逆の道を突き進んでいった日本で育った私は、ベルリンという街へ来て、たくさんのことを考えさせられました。
日本の教科書からはかつて日本が犯した過ちが年々姿を消して行く中、ドイツでは時間が経つにつれて忘れないための工夫がどんどん増えていく。
父が教えてくれたけれど、ヨーロッパには「古い建物のない町は、思い出のない人生と同じだ」ということわざがあるらしい。
ポーランドやドイツなんかは、歴史を背負っている場所では、壊れてしまった建物を、もう一度壊れる直前の状況を再現して建て直すのだとか。
それこそ銃弾や小さなヒビもしっかりと再現したり。
日本のどんどん壊しては作り、また壊しては作り、の文化の先には何が残るのかなぁ。
ドイツのその若いアーティストのように、私も自分ができる範囲で「忘れない工夫」を重ねていきたい、そんな風に思いました。